本文へスキップ

和歌山市の心療内科・精神科クリニック。吉田メンタルクリニックです。

電話でのお問い合わせはTEL.073 448 2300

〒641 0013 和歌山市 内原915

病名のおはなし

子どもの情緒発達と登校拒否


子どもの情緒発達と登校拒否


情緒の定義は難しいですが, 辞書的には「情性」の説明が当てはまると思われます.

Affection. 能動的対象愛と定義されるように, 精神的発達と成熟に伴って成立する価値関係的な感情をさす.

これが欠如すると, 他者との親密で温かい人間関係や結合の能力障害をもたらします.
小児期から他者に甘えず, 孤独を恐れず, 友情, 感謝, 悲哀, 郷愁等を体験せず,
他人の安否に無関心で, 自分の肉体的苦痛や運命にも不安を抱きません.

これに加えて,(1)小心, 臆病で自己の安否には敏感で他者に依存的な全般性遅滞型と,(2)部分的成熟障害に基づく神経症型の2亜型があるとされています.
遺伝的, 成育的原因によるものを情性欠如, 脳炎後遺症や精神分裂病などにみられるものを情性荒廃と呼んで区別することもあります.
早発, 持続, 多種方向累犯者に情性欠如が多く認められます.



【実験的情緒発達】
サルを色々な状況で成育する. このとき敵意, 精神的不安定さを示す頻度は以下の順に大きくなります.

母ザルと成育 → 温かいもの(毛布など)に包まれて→ 無機質なものの中で
(Harlow, H. F.)

生後1〜2週で特定の母性的対象に愛着行動を示すようになります.



【孤児院での検証】
 厳しいシスターに育てられた孤児は栄養が同じでも肉体的発達が悪く, 優しいシスターのいる孤児院に移ると発達が他の子どもに追い着きます.
精神的にも孤立化の傾向があります(現在では施設に問題があるわけではなく, 乳幼児期に母性的対象と隔絶されることに原因があるといわれる. そのため施設児という言葉は使わない).



【乳幼児と母親の分離症例】
Dorothy Burlibham and Anna Freud (1942, 1944)
Spitz and Wolf (1946)
James Robertson (1952〜1954)
Heinicke and Westheimer, Brief Separatin (1966)

 こどもは生後6か月以上になると母親から分離されるというでき事に対して一定の型で反応します.
乳児が母親から引き離された後, 徐々に泣きやすく, 気難しくなり, 体重減少, 睡眠障害などが発生してきます.
さらに3か月以上たつと, 周囲の状況に対する反応性が減退し,
運動が緩慢になり, 表情がなくなります. 〜 anaclitic depression

抵抗 (protest) , 絶望 (despair), 脱愛着 (detachment)



【S. Freud による自我形成】
最初の5〜6年は, あらゆる人間が傷つきやすい. それは, 自我が弱く, 未成熟であり, 抵抗力がないためである

心のエネルギーを量的な観点からみていきます. フロイトは心のエネルギーの源泉はエスの領域の本能衝動(リビドー)にあり, エスの一部が外界と接するところに「かさぶた」のように自我ができたと考えました. 全体のエネルギ−総量は一定で, 一つの領域が強くなると, 他の領域のエネルギ−は減少するとしました.

エスが強い : 衝動的, 感情的, 幼児的な行動

超自我が強い : 良心的, 自罰的, 抑圧的, 完全主義的な行動

イドは性的エネルギ−(リビドー)に源を発し, 人格の根幹部分を形成する部分です.
快楽原則に従う自我の欲求をコントロールするものが超自我で父親によりエネルギーの供給を受けます.
社会規範もこの超自我により生まれてくる概念です.

性的興味心対象の変遷に応じて精神発達のステージを口唇期(0〜1.5歳),
肛門期(1.5〜3.0歳), 男根期(3,4〜6.0歳, この時期にエディプスコンプレックスが出現)と3つに分類しています.
学童期から思春期にかけて一見精神発達がみられない時期があり, これを潜伏期と呼びます. この時期には超自我が形態を整え, 思春期の心理的準備状態にあります.
自らの生活態度を決定する規範を自己同一性(アイデンティティ)と呼びますが,
思春期に入るとこれを獲得するために模範とする人物(あるいは思想)を模索するために心理状態の動揺がみられるようになります.
この動揺が病的に大きく, 社会生活を阻害するようになった状態を思春期危機あるいは自己同一性障害といいます.

【父性, 日本社会について】
M. ミード
父親は人類の社会的な発明物である.
T. パーソンズ
父親とは人々がそう呼ぶ機能を代表しているもののことであって, それが具体的な私の父であるかどうかは問われない.

父親という象徴は, 人間の社会行動を促す際, 要となる機能を果たします.
社会的共同行為を行うとき, 子どもの中では価値意識, 道徳意識, 役割意識がはたらきますが, 父親はこれらの意識の規範を提供します.
子どもは父親の存在と切っても切れない規範を内在化します.
このとき母子関係を破壊する敵としての父親に対する攻撃心と, 逆に尊敬心が子どもの中に両立します.
これが, いわゆる「エディプス期」であり, 相反する感情を統合していく過程が男児にとっての「同一化」です.

日本の社会では父親の機能が弱く,
母親と子どもたちは初期の母子関係にとどまる傾向がみられます.
自分は無意識のうちに守られる存在で, 「言わなくてもわかってもらえる」共通認識が存在すると夢想します.
これが日本人独特の「甘え」につながる.と言われる所以です.

日本の地域社会の根幹をなすムラにおいては
「刃傷するな」, 「他人の家を燃やすな」, 「盗人するな」,
「ムラの恥を外にさらすな(警察ざたにするな)」と4つの掟があります.
個人はまずムラの掟に縛られ, ついで法に縛られています.
これは所属集団としての超自我で, 個人の中に存在する超自我ではありません.

日本の家族には二つの類型があります.
一つは儒教思想に裏打ちされた武士階級的家族制度で, もう一つは戸主や妻の身分が階層構造として明らかにならない民衆の家族制度です.
前者では規範の与えられる方は一方向性です. ここで「個人的責任」という観念が存在しなくなるわけです.
後者では権威は分属しており, 絶対的な専制はありません.
ただし役割は伝統によって固定しており, すべての構成員はいつも協同体に抗して自分の意識や行動を対立させることは禁止されています.
ここでも個人的責任という意識は生まれません. 前者の秩序をコントロールするのは政治権力や法律上の強制で, 後者では人情, 情緒なのです.

父親とは集団の中の掟としての規範と人間の心とを情によって結ばせるような機能です. 人間のわがままに対する挑戦で, この機能に出会わなければ, 規範の含む観念としての自由や平等は不自由や不平等に対する否定的な意味しかもちえません.
父親としての機能を担う存在は母子の一体関係によってはじかれてしまいます.

第二次世界大戦後, 家族制度の規範がとりはらわれ, 社会の中心的な統制力の弛緩に呼応して家族生活の連帯原理はなくなってきました.

近代西欧諸国ではキリストが父親としての機能を果たしてきました.
他民族から侵害を受ける可能性の小さい日本と異なり, 甘えでは国をコントロールすることができず, 何らかの権威ある外的指標が必要とされたからでしょう.
キリスト教が西洋人の超自我エネルギーを供給するといっても過言ではありません.
ただしニーチェが「神は殺された」と表現したように,キリストの力をもってしても現代西洋人の心をコントロールするのは難しいらしく,
若者の宗教離れや子どもに対する溺愛がみられるようなりました.
洋の東西を問わず大人の子ども化は進行しているようです.



【精神科的臨床分類】
小児期の情緒障害 (Personality Disorder in Childhood)

S. Freud 流に記述すると,
エス ・ 自我 ・ 超自我という3つの心的装置がバランスを崩すことです.
本来人間が正常の精神発達段階をたどると, その個体は「よい社会適応」をするために各装置がはたらきます.
自我は母親によって, 超自我は父親によってエネルギーの供給を受けますが, 何らかの理由でエネルギーの供給が不充分になると人格障害が出現します.
障害を受けた発達段階別に大きく二つに分けられます.

1) 自我獲得障害
【原因】
母子共生関係構築の失敗. 母性剥奪症候群と同一概念. 被虐待児でもこの症状がみられることがあります.

【症状】
a. 体格は小さいことが多い.

b. 情性の欠如.

c. 言動は年齢に比して大人びている. 交流関係は成人と結ぶことが多いが, それも表層的である.

d. 幼少時より放置された経験が長いため生活能力は普通児よりある. 自分の利益に結び付くものに対する嗅覚は鋭い.

e. 当然超自我の形成も悪いため, 犯罪行為に走る可能性がある. 一般的に学業成績不良.

2) 超自我獲得障害

【原因】
母子分離の失敗, 父性の曝露不足(あるいは誤った曝露)

【症状】
a. 快感原則に基づく行動で, 思考は概ね他罰的, 依存的である.

b. 対処困難と思われる状況におかれると退行を示す. 退行の程度は多様であるが, 母親の庇護態度, 生来の性格特性に影響されると思われる.

c. 上下の人間関係は作りたがらず, すべて「おともだち」で安住する傾向にある.

d. 行動規範を自分で設定することができない.

e. 情性は豊かで, 犯罪行為に走る可能性は少ない.



ICD-10による分類
F93 小児期に特異的に発症する情緒障害

.0 小児期の分離不安障害

.1 小児期の恐怖症性不安障害

.2 小児期の社会性不安障害
含 小児期あるいは青年期の回避性障害

.3 同胞葛藤性障害
含 同胞への嫉妬

.8 他の小児期の情緒障害
含 同一性障害, 過剰不安障害, 同輩対抗(非同胞)

F94 小児期及び青年期に特異的に発症する社会的機能の障害
.0 選択性かん黙

.1 小児期の反応性愛着障害

.2 小児期の脱抑制愛着障害

含 情性欠如精神病質, 施設症候群

.8 他の小児期の社会機能の障害
含 社会的能力の欠如によるひきこもりとはにかみを伴う社会的機能の障害

F95 チック障害
.0 一過性チック障害

.1 慢性運動性あるいは音声チック障害

.2 音声および多発運動性の合併したチック障害



【登校拒否と情緒発達】
Johnson(英)は不安感から長期不登校に陥る症例を school phobia(学校恐怖)と命名しました(1941).
以降 reluctance to go to school, non-attendance at school 等の名称が使用され,
1960年代後半には school refusal(登校拒否)という名称が定着し, 学会でもこの名称使用が一般的です.
日本においては文部省が1966年より学校基本調査報告書の中で, 「学校嫌い」という項目をあげ, 以下のような子どもが該当すると定義づけています.

年度毎に通算50日以上欠席し, 特に身体的な病気がない,
家庭の中に通学に困難を生ずるような経済的問題がない,
非行にはっきりとした結び付きがない


登校拒否は年々増加傾向にあり, 特に中学生では文部省による学校基本調査報告書で,全生徒数の1%を超えます.
登校拒否の原因は多様ですが,
1) 内心は登校したいが果たせない(学校恐怖) 
2) 登校したくない(学校嫌い)と二類型に大別されます.

前者は「学校」(あるいは家庭外生活全般)という空間に対する恐怖感が出現し, 結果として不登校に至るもので, 成人では恐怖症性不安障害と診断されます.
後者は「朝起きて登校する」という義務観念が希薄で, 自分にとって通学以上に興味を惹かれる行動に走り, 時としてこれが非社会的行為につながるものです.

自我が揺らぐと自信を喪失し, 恐怖につながります.
自我を守るための外的指標を求めた確認行為(ささいな行動一つ一つに許しを求めるため, 円滑な日常生活がおくれなくなる),
無条件に守ってくれる存在を確認するための退行(赤ちゃんがえり, 異常な甘え)という症状がみられるようになります.

これが母子分離不安と称される状態で, 無理な課題を与えるとチック, 夜尿. 腹痛, 下痢, 微熱などの身体症状を起こします.
超自我が形成不全であると自分自身で有意義な目標を設定することが困難となり, 他者に影響されやすい傾向があります. 常に自己不全感を抱き, 少しでも興味あることにはすぐに飛びつくが永続きしないという行動特性がみられます.
最近流行している言葉「アダルトチルドレン」はこの傾向を持ち続ける青年の総称です.

登校拒否症例に対する治療法をめぐってさまざまな意見がありますが, 最近は登校拒否初期における登校刺激を避ける傾向が強いようです.
確かに学校恐怖による登校拒否は母子分離不安を解消するため一時的に各種ストレスを軽減する必要があります.
しかし超自我形成不全による登校拒否は単純に学校現場から隔離するだけで解決するとは思えません.
新たな生活目標が確立されない限り, 家庭へのとじこもり, 家庭内暴力に進行する可能性が強いと思います.
父性の不在は家庭内にとどまらず社会全体の問題であり, 子どもにとってただ単に通学することが本当の義務なのか, 学校とはどんな場なのかを考え直す時期にあるのではないでしょうか.

【一般的対策】
治療前要観察事項

原因を探る〜いじめの有無, その他外的要因, 家庭内精神的力動

肉体的, 精神的サインをみつける〜母子分離不安の徴候

腹痛, 頭痛, チックなどの自律神経徴候

うつ気分, 不眠, 食欲や意欲の低下

精神病の発症を考慮

治療
不登校に陥った子どものほとんどは, 生活リズムが乱れています.
これを是正するために眠剤の使用を考慮します.
また生活リズムの乱れにはACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の分泌が大きく関わっています.
その分泌リズムの乱れには太陽光刺激が有効との報告があり. 昼間数時間の日光浴を推奨します.

学校恐怖 : 不安感, 自律神経症状を精神安定剤で軽減した上で,
自己表現させることによって内心の葛藤を具象化させます.
その後徐々に家庭外での生活を拡大し, 社会復帰を図る. 学校以外に安心できる場所があればこれを活用するようにします.

学校嫌い : 対処困難. 父親の協力が必須であるが, 実際には難しく. 家庭内精神的序列を守るよう保護者に指導します. これが逆転すると家庭内暴力や非社会的行為につながる可能性が高く. 家庭内暴力が続発するケースでは家庭からの隔離が必要となることが多くなります.